フィンランドの3月半ばから下旬にかけて、年により、地域により多少の違いはありますが、雪解けが始まります。
気温が0度を超えた途端に、輝くほどに真っ白い雪の明るさに包まれた季節が終わりを迎えます。
春が近づく喜びと、「ドロドロを我慢するあの時期か…」という、雪が完全に解けて街が乾くまでの憂鬱とが交錯します。
日本の首都圏では、積もった雪なら晴れた日が数日あればあっという間に解けて乾いてしまいますが、フィンランドの積雪量だとそう簡単にはいきません。大量の雪が解けるのですから、その水たまりの大きさも比べ物になりません。街中がドロドロです。その水分が乾き始めると、長い冬の間に車道や歩道に撒いた転倒防止の砂利を回収する車が動き始め、今度は埃っぽい時期に突入します。
森の雪もなくなって茶色い地面が顔を出し、湖の氷も面積が日に日に小さくなります。新緑が見られる気持ちの良い春まであと一歩というところです。
この時期にやるべきことの一つに、車のタイヤ交換があります。DIYが身近なフィンランドでは、車のメンテナンスは多くの人が自分でやってしまいます。もちろん法律で定められた車検はありますが、日々のちょっとした不具合の修理くらい、朝飯前のようです。
DIYといえば、知り合いに自分で家を建てる人や、中古の家を買って自分で改装する人がたくさんいます。珍しいことではありませんでした。自分が日々使うものは自分で手入れをし、大切な居住空間も時間をかけて自分で楽しみながら作るのです。
そんなライフスタイルは、残業に依存しない働き方が大きく影響していると思います。職場環境、また、働く側本人の意識どちらも、労働時間をダラダラ延長するアイデア自体を持っていないように感じます。夕方5時、6時台に職場を出て帰宅したなら、食事を済ませたあともまだ時間があります。その日一日が仕事だけで終わらない毎日が続くのです。
今日はこれから何をしようか。
そんな積極的な気持ちが自然と生まれる社会環境。心にも身体にも優しい社会の仕組み。
日々の暮らしを楽しみ、一日一日を大事に暮らす、生きる。人の自然な姿がそこにある気がします。私がフィンランドの人たちの生活を間近に見て、素晴らしいと感じたことのひとつです。
さて、3月、4月といえば、復活祭の時期でもあります。フィンランド語ではPääsiäinen パーシアイネンと言います。キリスト復活のお祝いであることから、卵やひよこを模った飾りやイラストが街中のあちこちで見られます。
フィンランド人にとっては、クリスマスと同じように宗教的に重要な行事で、家族で過ごす大切な時間です。イースターには、クリスマス前に行われるPikkujoulu(ピックヨウル)のような友達との集まりが特にないこともあって、家庭でのイースターのすごし方を体験する機会がなく残念でしたが、カラフルに彩られた街の様子は、春の到来を喜ぶ気持ちに溢れています。
イースターの食卓には羊肉、Mämmi(マンミ)と呼ばれるライ麦から作られるデザートや、Kulitsa(クリーチ)というパンなどが並びます。このマンミ、いつか食べてみたいと思いつつも、機会を見送るうちに食べずに帰国してしまいました。黒い見た目にちょっと抵抗感があったのです。毎年春になるとスーパーで売られているパッケージはどのメーカーのものも大きいことから、マンミはフィンランド家庭では復活祭定番のデザートなんですね。
では、マンミという黒い食べ物の話題に続けて、フィンランドで知ったその他の黒い食べ物を紹介しましょう。
まずは、Lakritsi(ラクリッツィ)というリコリス菓子。黒いグミのような食感の、くせのある風味のキャンディです。その独特の風味からもちろん好まない人もいますが、ムーミンや可愛い動物の子供向けのパッケージに入った物もあって、フィンランド人は子供も大人もキャンディの一種類として食べます。そしてラクリッツィを更に強烈にしたものがSalmiakki(サルミアッキ)というキャンディ。ご存知の方も多いのではないでしょうか。ラクリッツィの味をひときわ強めたような、そして更にアンモニア臭が加わるその風味は慣れない人は顔を歪めるほどです。ところが、サルミアッキ味のアイスクリームやウォッカもあるくらい、フィンランドでは愛されている味です。
そして、もう一つの黒い食べ物はタンペレ名物、Mustamakkara(ムスタマッカラ、Musta=黒い+makkara=ソーセージ)です。豚の血を使って作るために黒くなるのです。フランスならブダン・ノワールとして知られていますね。リンゴンベリーのジャムを添えて、牛乳を飲みながら食べるのがフィンランド流です。慣れないと見た目はドキッとしますが、鉄分を多く含む美味しいシーセージで、タンペレ暮らしの我が家の食卓にも時折登場したものです。
タンペレと言えば、毎年春と秋にKalamarkkinat(カラマルッキナット)という魚の市が開かれます。開催日が近くなると、案内の貼り紙を街で目にするようになり、季節の移り変わりを伝えてくれました。
その土地それぞれで愛される味があります。目で見て、驚いたり、不思議に感じたり、時には抵抗感を覚えることもありましたが、その時、その場所で恵まれたものを試して、楽しみながらタンペレで暮らしていました。
常に大自然が身近にあり、季節は巡り、行事が繰り返される。当たり前の、そして一時も同じことのない貴重な毎日。日々を丁寧に暮らし、自然からエネルギーを分けてもらいながら自然とともに生きるフィンランドの人々。そしてその暮らし方。私がフィンランドを好きになった理由がそこにあります。
草稿: カハヴィラアムリ Kahvila Amuri, 亮子
編集 ・ライティング: LAMPIONAIO, Etsuko